躁うつ病の治療薬「気分安定薬」とは
躁うつ病の薬物治療法
ここからは、躁うつ病・双極性障害の治療について述べたいと思います。なんといっても躁うつ病治療で重要なのは、薬物療法です。
ポイントは、患者さんの気分の波を小さくしていくことです。この作用をもつ薬の代表が気分安定薬、抗精神病薬、抗うつ薬があります。ここでは、躁うつ病の治療薬としても代表的な気分安定薬について解説をいたしております。
【気分安定剤①】炭酸リチウム(リーマス、リチオマールなど)
〈炭酸リチウムの効果〉
気分安定剤のなかでも、炭酸リチウムは躁状態の気分の高揚や興奮、不機嫌な衝動性を抑えると同時に、うつ状態の抑うつ気分の底上げをしてうつを改善する、という二面性の薬理効果をもつ薬です。
炭酸リチウムの服薬によって、気分がふわふわして落ち着かなかった患者さんが、だんだんと落ち着いてくるようになるかたもみえます。躁うつ病患者さんの約6割に有効だという指摘もあり、自殺の予防にも有効であるという報告もあります。したがって、躁うつ病の症状に応じて、炭酸リチウムが処方されることも多いです。
〈炭酸リチウムの留意点〉
炭酸リチウムにSSRIのような抗うつ薬を上乗せして併用すると、抗うつ薬の抗うつ作用が増強します。
まれに抗うつ効果のみを考えて、うつ状態にこれらを併用することもありますが、患者さんによっては不安・焦燥感をも増強してしまい(アクチベーション・シンドローム)、その結果自殺の危険性が増すこともあるので注意が必要です。
〈炭酸リチウムの副作用〉
炭酸リチウムの副作用は、おもにリチウムの血中濃度が安全値よりも高くなる、いわゆる中毒症状のときに出ます。
初期症状は、手のふるえ、吐き気、めまい、言葉のもつれ、下痢などです。ふらふらして歩きにくくなる、ひどくなると気を失ってしまうなどの意識障害、のどの渇き、多尿(小便が出やすくなる)、腎機能障害、発熱・発汗を伴う下痢などの胃腸障害、脈が少なくなる、甲状腺機能低下(甲状腺ホルモンの低下)などが、主な副作用としての症状です。
〈炭酸リチウムの処方の仕方〉
炭酸リチウムの処方は、前回の炭酸リチウム服用後、8~12時間後に採取した血液中のリチウム濃度を測定し、濃度が0.6~1.2mEq/Lとなるように処方します。血液濃度が1.2mEq/Lを超えるリチウム中毒の場合は、投薬を中止し、中毒を緩和する措置を行うべきです。
ただし、血中濃度が正常範囲にも関わらず、頭が少しぼーっとして重い、手が震えるといった症状が軽症に出現していることも、薬を飲みはじめた頃にはよく見られやすいので注意が必要です。次第に軽快してくることが多いのですが、転倒などのリスクにもつながることがあるので外来の処方の際にも注意が必要です。
炭酸リチウムを服用する際には、数か月に一度、外来でリチウムの血中濃度をチェックすることが大切です。
注)炭酸リチウムの治療域血中濃度は、維持療法のものです。
【気分安定薬②】バルプロ酸ナトリウム(デパケン、バレリンなど)
〈バルプロ酸ナトリウムの効果〉
もともとはてんかんの治療薬ですが、てんかんで気分が不安定になっている患者さんがこの薬を飲むと、てんかんだけでなく気分も安定してきたことから、気分安定薬として適応し、健康保険が使えるようになった薬です。
躁うつ病のなかでも、気分変調性障害や、不安や不機嫌を主症状とする状態にも効果があります
〈バルプロ酸ナトリウムの副作用〉
このバルプロ酸ナトリウムは、躁状態をコントロールする薬効はあるのですが、炭酸リチウムほどうつ状態には効き目はないのではないかという指摘があります。副作用は少ないとされていますが、下痢や吐き気がまれに見られます。
【気分安定薬③】カルバマゼピン(テグレトールなど)
〈カルバマゼピンの効果〉
これも、てんかんの治療薬です。躁うつ病の躁状態、とくに興奮状態の沈静に有効とされています。もともとは統合失調症の精神運動発作、激しい興奮状態の沈静化にも使われていた薬ですので、非常に激しい興奮や攻撃性、衝動性を伴う躁状態を示す躁うつ病、あるいは昔なら「非定型精神病」といわれたような激しい躁状態に有効です。
その一方で、躁うつ病のうつ状態に効くかは定かではありません。うつ症状に対する薬理効果は、現在のところはっきりとは示されていません。
〈カルバマゼピンの留意点〉
問題は、カルバマゼピンが酵素の自己誘導を起こすことです。つまり、カルバマゼピンを代謝(分解)する肝臓のCYP3A4という薬物代謝酵素が、カルバマゼピンを代謝すると同時に、カルバマゼピンそのものによって誘導(酵素量が増加)されることにより、同じ服薬量だと数か月で血中濃度が下がってきて、薬の効きが悪くなってきます。
また、飲み合わせにも注意が必要です。抗菌薬のボリコナゾール(ブイフェンド)などとは、併用が禁止されています。その理由はボイコナゾールがCYP3A4の薬物代謝酵素としての活性を阻害して、カルバマゼピンの代謝が低下し、その血中濃度が上がるためです。
これと同じ理由で、グレープフルーツに含まれる成分がCYP3A4を阻害するため、カルバマゼピンの血中濃度が上昇し、副作用が出やすくなるおそれがあるので、グレープフルーツジュースでは服薬しないでください。一般にCYP3A4で代謝される薬(降圧薬のヘルベッサーやアダラート、高脂血症薬のリピトールなど)は、どれもグレープフルーツジュースでは飲まずに、水で飲みましょう。
血中濃度が上がると、薬疹や肝障害などの影響といった副作用が出やすいので要注意です。
【気分安定薬④】クロナゼパム(ランドセン、リボトリール)
〈クロナゼパムの効果〉
顔や手足がぴくぴくていれんするミオクロニー発作に効果が高い、ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬です。
この薬は、特殊な症状を示す患者さんには有効だと言われています。たとえば普段は意欲的でバリバリ働く人が、気分の波が出て調子を崩して困っている場合や、パニック障害や不安障害を伴ううつ病や躁うつ病、症状がひどくなると意識障害や健忘が出ているような躁うつ病に有効です。
また、この薬はレストレス・レッグス症候群(脚や、あるときには腰や背中までむずむずして、不快でじっとしていられない症状:むずむず脚症候群)を示す患者さんにも有効です。
【気分安定薬⑤】ラモトリギン(ラミクタール)
〈ラモトリギンの効果〉
日本では2008年12月に発売されました。今のところ躁うつ病に対してではなく、ほかの抗てんかん薬では十分な効果が認められないてんかん患者さんが、適応症とされています。
しかし、外国では、抗うつ作用ももった気分安定薬として、躁うつ病の治療薬としても使われており、日本でも徐々にそういう方向に向かうと思われます。
〈ラモトリギンの副作用〉
本剤の副作用として皮膚粘膜眼症候群(スチーブンス・ジョンソン症候群)や中毒性表皮壊死症(ライエル症候群)などの重い皮膚障害があらわれることがあるといわれています。
最後に
現在わかっていることは、抗てんかん薬が躁状態の気分の波を安定させる抗躁薬として効果があるということです。ただし、はっきりとうつ状態にも効果があるとわかっているのは、炭酸リチウムのみです。
名古屋市栄の心療内科・メンタルクリニック・精神科は躁うつ病・双極性障害・うつ病の治療も行っておりますので、お気軽にご相談くださいませ。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など