病気不安症(illness anxiety disorder)について
病気不安症の概要・診断基準について
身体と精神は密接に結びついている。これは東洋医学の心身一元論ですが、精神面の問題(ストレス)には気づかず、身体面の問題(身体症状)だけを患者さんは強く訴えることがあります。
このような身体症状症および関連症群の中でも病気不安症について、この記事ではDSM5をベースに説明します。
【概要】身体症状症および関連症群、病気不安症とは
DSM5における身体症状症および関連症群とは、DSM4では身体表現性障害と呼ばれていたものです。他にも、心気症と呼ばれることもあります。
この障害群に共通する特徴は、何らかの身体症状があり、患者さんはその症状に強い不安を抱えているということです。概して身体症状・疾患の裏側にある精神的な問題に患者さんは気づいていないため、身体医療を扱う病院を受診することがほとんどです。
DSM5における身体症状症および関連症群の基準
DSM4における身体表現性障害では、医学的には症状を説明できない点が診断基準として強調されていました。しかし医学的に説明できない点を強調してしまうと、「あなたは病気ではない」と軽々しく扱われているように患者さんは感じてしまう恐れがあります。そのためDSM5における身体症状症および関連症群では、身体症状自体や、その身体症状への思考・感情・行動の異常といった陽性の症状が診断基準にされています。
病気不安症とは「自分は何らかの病気であると、考えが強くとらわれてしまっている」
身体症状症および関連症群のなかには、身体症状を伴わない患者さんもいます。身体症状はほとんどないけれども自身は深刻な病気を患っているのではないかと強い不安を持っている、あるいは何らかの身体症状・疾患があったとしてもその重症度には釣り合わないほどの強い不安を抱えているといった具合です。この障害群の25%がそういった患者さんにあたり、「病気不安症」に該当します。
病気不安症を一言で表すと、「自分は深刻な病にかかっている」という強い不安です
身体症状症では痛みや疲労感などの具体的な身体症状に患者さんは苦痛を感じています。しかし病気不安症の患者さんは、その身体症状を引き起こしているとされる身体疾患へ強い不安を感じるのです。例えば、「何か胸が苦しい感じがする。もしかして自分はがんではないか」と考えます。
病気不安症の診断基準
病気不安症の診断基準は以下の通りです。
A 自分は深刻な病気を患っている、または深刻な病気を患いつつあると思い込んでいる
B 身体症状は存在しない。身体症状があったとしても軽度なものにすぎない
実際に身体疾患が存在する、あるいはそのリスクファクターがあるにしても、病気へのとらわれは過度なものである
C 自身の健康について強い不安を感じやすい
D 過度な健康関連行動をする(例 鏡で喉を毎日チェックする、色々な医療機関を訪れる)
あるいは、逆に健康関連行動をしない(例 なかなか受診予約をしない)
※以下のいずれが該当するかを特定しなければなりません
・医療を求める病型:何度も医療機関を受診する
・医療を避ける病型:めったに医療機関を受診しない
E 病気へのとらわれは少なくとも6か月以上続いている
※患者さんがとらわれている病気がずっと同じとは限らない
F 病気へのとらわれは他の精神疾患(パニック症、全般性不安症、醜形恐怖症、強迫症、妄想性障害の身体型など)では説明できない
※鑑別基準については後編の記事で解説します
病気不安症の方の特徴とは
「この身体症状は深刻な病気の徴候である」と患者さんは訴えます。しかし、それらは起立性めまいのように正常なものや、放っておいても治る一過性耳鳴り、不快ではあるけれども病気とは関連しないおくびなどであることが少なくありません。本当に身体疾患を抱えている場合もありますが、いずれにせよ患者さんの病気へのとらわれは実際の状態と比べて釣り合わないほど強いものです。
また、そもそも自身の健康について強い不安を抱えやすいという特徴もあります。例えば自分と同じ年齢の芸能人が病気になったと聞いたら、心配性な人のなかには「もしかしたら自分も同じ病気になっているかも?」と思うこともあるかもしれません。健康な人であれば、検査結果が陰性であればすぐに安心します。しかし、病気不安症の患者さんは検査をしてもらい、医師から十分な説明をされても決して納得しません。むしろ、かえって病気への不安を強くして、他の病院を転々とすることもあるほどです。
病気不安症が引き起こす問題
自分の病気の訴えや、その存在を認めさせようと、人間関係に影響を及ぼすことも
病気への強いとらわれは、対人関係や職務遂行に悪影響を及ぼす恐れがあります。医師だけではなく家族や友人にも自分の病気を訴え、認めさせようとすることは、周囲の人からすると患者さんのことを煩わしいと感じることにつながるでしょう。また、病気のため屋外での運動を患者さんが避けようとすることもあります。そうなると、運動不足により別の問題が引き起こされます。
不安だから患者さんが取る行動により、かえって身体疾患を招いてしまうことも問題のひとつです。例えば、繰り返し検査を受けようとする結果、医原性の合併症が生じることも起こり得ます。また自分が訴える病気が認められないと、患者さんは医師を信用できなくなります。医師患者間の信頼関係が壊れることで、必要な検査が十分に進まないなど、結果として他の身体疾患を見落としてしまう恐れもあります。
病院への受診を回避してしまう場合も
まれなことですが、病気への不安が強すぎて診察を受けることすらできない患者さんもいます。このような場合も結局のところ他の身体疾患を見逃してしまうことになります。