親身に聞いてもらえると好きになる?「転移」とは?感情のゆらぎと治療への意味
「転移」とは?感情のゆらぎと治療への意味
心療内科や精神科の診療においては、医師や心理士に対して特別な感情が生まれることがあります。それは、恋愛感情のように思えることもあれば、過去の怒りや不満の再燃であることもあります。このような現象は、臨床心理の用語で「転移(transference)」と呼ばれています。
診察を受けるなかで、なぜこのような感情が生まれるのか。それは自分の心の中にある“未処理の感情”や“人間関係の記憶”が、治療者との関係に映し出されるためです。本記事では、転移が起こるメカニズムや種類、それが治療にどう影響するのかを深く掘り下げて解説します。
転移とは何か?
転移とは、過去の重要な他者との関係で体験した感情や行動パターンが、現在の人間関係に無意識に反映される現象です。これは精神分析の創始者・フロイトによって体系づけられ、今日でも心理療法の重要な概念として用いられています。
医師や心理士との関係性は、安心感や信頼が形成されやすい場であるため、特に転移が起きやすいと言われます。例えば、「医師と話していると安心する」「もっと認めてほしいと思ってしまう」といった感覚は、幼少期の親子関係が再現されている場合があります。
転移が起こる背景「3つの心理的メカニズム」
1. 置き換え(Displacement)
本来、過去の特定の人物(主に親や養育者)に向けていた感情が、現在の治療者に向けられる現象です。これは安心感や信頼を伴うことが多く、治療関係を強固にする一方で、恋愛感情に発展することもあります。
2. 投影(Projection)
受け入れがたい自分の感情を、無意識に相手の感情だと思い込む心理的防衛機制です。たとえば「自分が否定されるのが怖い」→「カウンセラーが自分を否定している」「カウンセラーが自分を嫌っている」と感じるといった形で表れます。
3. 投影性同一化(Projective Identification)
投影性同一化は、投影と同じように、自分にとって受け入れがたい感情を他人が持っているように思うことです。感情を持っていると思い込ませるように相手を操作する点が、投影とは異なります。
例えば、「自分は無能だ」という自信のなさを持っている場合、「無能」という悪い部分を医師やカウンセラーに押しつけます。納得いかないことや、些細な間違いを指摘し、「医師・カウンセラーが無能だ」とすることで心のバランスを保とうとするのです。
転移にはどのような種類があるのか?
転移には、その感情の質によって以下のように分類されます。
陽性転移
医師・心療内科に対して愛情や尊敬、安心感などのポジティブな感情を抱く状態です。これは治療を進めるうえでプラスに働くこともありますが、過剰な理想化や依存を招くリスクもあります。
✅「もっと褒めてほしい」と感じる
✅恋愛的な感情を持つ
✅ネガティブな話題を避けるようになる
陰性転移
逆に、怒り・不信・敵意といったネガティブな感情を医師や心理士に向ける状態です。これは親や過去の養育者に向けていた否定的な感情が再現されるケースが多いです。
✅話を聞いてくれていないと感じる
✅拒絶されたと感じ、通院が困難になる
✅無意識に反発や不信感を抱く
逆転移(Countertransference)
これは治療者側がクライアントに対して特別な感情を抱いてしまう現象です。共感や同情が過剰になることもあれば、逆に怒りや拒否感を持つ場合もあります。治療者には自己理解と感情のコントロールが求められます。
転移は治療の妨げになるのか?
必ずしもそうではありません。転移は、相談者の内面にある“未整理の感情”や“繰り返してしまう人間関係のパターン”を浮き彫りにする材料になります。重要なのは、こうした感情が起こることを「おかしい」と思わず、率直に医師や心理士と共有することです。
例えば、「診察してもらっている医師や心理士に好意を持ってしまって困っている」「話を聞いてくれていないように感じる」といった感情も、治療のプロセスとしては有意義なテーマになります。これらの感情を通して、自分自身の対人関係や感情の癖を深く知ることができるのです。
感情の動きこそが“治療の材料”になる
診察は、ただ話を聞いてもらう場ではなく、診療として治療を行い、それは自分の内面を見つめ直すプロセスでもあります。治療者に対して抱く感情もまた、自分自身を知る大切なヒントです。
「この感情は転移かもしれない」と気づいたときこそ、治療が一歩進むチャンスです。違和感や戸惑いがあれば、遠慮せず医師や心理士に伝えてみましょう。
転移を扱うことは、単に過去の感情を再体験することやネガティブなものとして扱うのではなく、自分の感情との向き合い方を学び、より健全な人間関係を築いていく土台を作ることにつながります。
【まとめ】「転移」について
医師や心理士に対して特別な感情を抱く現象を「転移」と呼びます。例えば、親身に話を聞いてもらえると好意を抱いたり、ときには恋愛感情に発展したりすることがあるかもしれません。
転移は、医療現場やカウンセリングのような場面で起こりがちな現象で、日常場面で抱く感情とは異なる場合があります。とくに、恋愛感情は医師や心理士との関係にも影響し、どのように折り合いをつければいいか悩むこともあるでしょう。
本記事では、診察やカウンセリングで起こる「転移」について解説します。診察やカウンセリングを受けている方で、医師やカウンセラーに特別な感情を持っていて悩んでいる場合には、ぜひ参考にしてください。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など