「常同運動症」同じ動作を繰り返す、その状態と理解について
同じ動作を繰り返すのはなぜ?「常同運動症」という状態とその理解
「手をひらひらさせる」「体を揺らし続ける」「爪をかむ」…こうした反復的な行動が気になり、「癖なのか、それとも何か病気のサインなのか」と心配になることがあります。
特に小さなお子さんにこうした動きが目立つ場合、発達の一環として自然な行動なのか、あるいは医療的な支援が必要なのか、判断に迷う方も多いでしょう。
この記事では、「常同運動症(Stereotypic Movement Disorder)」という状態について、その特徴、原因、診断基準、他の疾患との違い、支援の方法までを詳しく解説します。
常同運動症とは:反復動作の背景にあるもの
常同運動症とは、同じ動きを繰り返すことが止められない状態を指します。代表的な行動には以下のようなものが見られます。
✅手や指をひらひらと振る
✅頭や体を前後に揺らす
✅唇や皮膚をかむ、引っかく
✅同じ音や言葉を繰り返す
✅髪の毛を抜く・触り続ける
✅物を回したり並べ続ける
これらの動きは、本人が意図して行っているというより、無意識のうちに繰り返してしまうのが特徴です。ただし、場面によっては一時的に抑制できることもあります。
動作のリズムは規則的で、集中時やリラックス時に増える場合もあります。特に1〜3歳頃の乳幼児にはこうした反復的行動が見られることもありますが、それが日常生活に支障を来すレベルで継続する場合には、常同運動症としての対応が必要になります。
どこまでが“くせ”?判断のポイント
多くの子どもには、一時的な「癖」や「自己刺激的な行動」が見られます。こうした行動が自然に消失する場合、医療的な介入は必要ありません。
しかし、以下のような状況がある場合は、注意が必要です。
✅繰り返しの頻度や強さが増している
✅自傷につながっている(頭を打ちつける、肌を傷つけるなど)
✅他人との関わりに支障が出ている
✅学習や生活習慣に著しい影響がある
✅本人や家族が強い困り感を抱えている
このような場合は、「気になる行動の背景に何があるのか」「どんな特性から行動の傾向が出やすいのか」を見極めるためにも、専門機関への相談が勧められます。
発症時期と経過:必ずしも「一時的」とは限らない
常同運動症は、乳幼児期(おおむね3歳未満)に初めて出現することが多いですが、その後の経過は人それぞれです。自然と消えていく子どももいれば、学齢期や思春期、成人期まで症状が持続する人もいます。
思春期以降にまで残る場合には、本人の社会的適応や自己評価に影響を及ぼす可能性もあり、環境面・心理面での配慮が求められます。
考えられる原因:脳機能とストレス反応の交差点
常同運動症の原因は明確には解明されていませんが、以下のような複合的要因が考えられています。
脳の発達や神経機能の偏り
運動制御や感情の調整に関与する脳部位(例:前頭前野、基底核)の働きに不均衡があると、常同的な行動が現れやすくなるとされています。
感覚刺激への反応(自己刺激行動)
ある種の繰り返し動作は、過度の感覚入力を和らげたり、逆に感覚を求める行動(感覚調整)としても機能している可能性があります。
発達障害との関連
自閉スペクトラム症(ASD)や知的能力障害のある方では、常同運動が強く表れやすい傾向があります。これらの診断がなくても、同様の動作が見られることはあります。
環境ストレス・愛着不安など
生活環境が不安定であったり、過度の緊張を強いられる場面が多いと、常同的な動作が「安心の手段」として固定化されることがあります。
他の疾患との違い:チック症・強迫症との鑑別
常同運動症は他の精神・発達疾患と症状が重なることがあり、鑑別診断が重要です。
疾患名 | 主な特徴 | 抑制のしやすさ | 発動タイミング |
---|---|---|---|
常同運動症 | 規則的・反復的動作 | 場合によっては抑えられる | 集中・緊張・退屈時 |
チック症 | 突発的・一瞬の動作 | 抑制すると一時的に苦痛 | 突然・無意識に出る |
強迫症(OCD) | 強い不安を打ち消すための行動 | 不安が高まり抑制困難 | 特定の強迫観念に関連 |
行動の“見た目”では判断できないことも多いため、行動の動機や文脈、経過を丁寧に評価することが求められます。
診断:専門医による観察と総合的な評価
常同運動症は、DSM-5に基づき、以下の条件が満たされると診断されます。
✅明らかな目的がなく、反復される運動行動が一定期間持続している
✅その行動が社会生活・学業・日常活動に支障を与えている
✅他の神経疾患や精神疾患では説明できない
診断には、児童精神科医・小児神経科医による詳細な問診・観察が必要です。家族や学校などからの情報提供も重要な材料になります。
治療・支援の選択肢:症状の重さに応じたアプローチ
軽度の場合
行動が生活に支障を与えていなければ、積極的な治療は必要ないこともあります。ただし、家庭や学校での理解と見守りは不可欠です。
行動療法(ハビットリバーサル法など)
行動の前兆を察知し、それに代わる別の動作(例:手を握る、深呼吸する)をあらかじめ練習しておく方法です。自覚と練習を繰り返すことで、常同行動の頻度を少しずつ減らしていくことが可能となるのです。
環境調整とストレスケア
✅静かな環境や余裕あるスケジュールの確保
✅センサリールームや休憩スペースの活用
✅好きな活動へのアクセス機会の確保
安心感のある環境を整えることは、症状の悪化を防ぐ鍵になります。
薬物療法(重度・自傷がある場合)
自傷行動が著しいケースでは、抗精神病薬などが検討されることもあります。薬物治療はあくまで一時的な補助手段として位置づけられ、行動療法や環境調整との併用が推奨されます。
周囲の理解が何よりも治療的
常同運動症のある方は、繰り返し行動が原因で「変わっている」「落ち着きがない」といった誤解を受けやすい傾向にあります。しかし、こうした行動は本人にとって必要な調整行動である場合もあり、無理に止めようとすると不安や混乱が高まることもあります。
✅叱責や強制ではなく、まずは「理解すること」から
✅教育現場や家庭での柔軟な対応と見守り
✅本人のペースを尊重し、自己肯定感を保つサポート
【まとめ】“繰り返し”には意味がある
常同運動症は、決してめずらしい状態ではありません。しかし、表面上の行動だけで判断せず、その背景にある心の状態や環境への適応の仕方を丁寧に理解することが、最も大切な支援の出発点になります。
気になる動作が見られたとき、まずは必要以上に不安にならず、でも無視せずに、適切な専門機関へ相談してみてください。早めにサポートを得ることで、本人がより安心して日々を過ごすことが可能となります。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など