病前性格について
病前性格
心療内科を受診する患者さんを見ていると、真面目、責任感が強い、礼儀正しいなど似たような性格の方が多いと思いませんか。似たような性格の方が同じような症状を呈することから、性格は精神疾患の病因のひとつではないだろうかという仮説が昔から唱えられてきました。
この記事では病前性格について解説します。
病前性格とは
病前性格とは「病気になる前の性格」を意味します。「病気」と表現しましたが、この「病気」は気分障害、特にうつ病を指すことが多いです。心療内科や精神科の問診では患者さんの性格も確認することが多いように、疾患の診断や治療をするうえで患者さんの性格も大切な情報となります。とはいえ特定の性格が疾患につながるとなると、極端な言い方をするとその性格がいつかは淘汰されることになってしまいます。病前性格にはどこまでの妥当性があるのでしょうか?
タイプとしての病前性格
タイプとしての病前性格の代表例として、テレンバッハのメランコリー型性格とマニー型性格が挙げられます。それぞれ以下の特徴を持つ性格です。
メランコリー型性格とは
メランコリー型性格…几帳面、真面目、規則を重んじる、他者を気にしやすい
マニー型性格とは
マニー型性格…自己中心性、支配性、徹底性、負けん気が強い
メランコリー型性格とマニー型性格の違いとは
メランコリー型性格とマニー型性格は直線の両端に位置していると考える説があります。そして、メランコリー型性格の特徴を有するほどうつ病を、マニー型性格の特徴を有するほど躁病を、その中間では(軽)躁うつ病を呈するという仮説が立てられました。
1994年にZerssenが気分障害の患者さん達をメランコリー型性格とマニー型に分類した研究があります。その研究では、うつ病患者さんにはメランコリー型性格の方が多く、躁うつ病や躁病の患者さんにはマニー型の性格の方が多いという結果になりました。
しかしその後の研究では、うつ病患者と躁うつ病患者とでメランコリー型性格の程度に違いは見られないと報告するものや、対照群となる健常者のほうがうつ病患者よりメランコリー型性格の程度が強いと報告するものも出てきました。結局のところメランコリー型性格・マニー型性格以外も含め、タイプとしての病前性格について一貫した知見は得られていません。
傾向としての病前性格
タイプとしての病前性格についての研究の多くはドイツや日本で行われてきました。一方、欧米圏では傾向としての病前性格についての研究が行われてきました。傾向としての病前性格で特に一貫してみられる知見は「うつ病患者の病前性格として、神経症的傾向(ネガティブな出来事に対して感情が動揺しやすい性格傾向)が高いことが確認される」というものです。
しかし、各種不安障害や強迫性障害などのうつ病以外の精神疾患とも神経症的傾向は強い関連を示します。そのため神経症的傾向は、うつ病に特異的な病前性格というより、精神疾患のリスクファクターと表現したほうがよいでしょう。
結局のところ病前性格や性格に意味はないのか?
しかし、病前性格という考えは無意味なものかというと、そうではありません。そもそも性格はストレスへの認知や対処行動へ影響します。例えば神経症的傾向が高い人は低い人と比べてストレスを過大に深刻に評価するため、うつ病や不安障害のリスクファクターであると言われています。
また、メランコリー型性格には他者を配慮した行動を取りやすいという特徴があります。ストレスを解消するために他者にサポートを求めるにあたり、他者と良い関係を維持できるよう努め続けるというのは理解できる行動です。しかし、そのように努力し続けること自体も疲弊につながってしまいます。その結果として、精神疾患に罹患しやすくなる恐れがあります。どの精神疾患を患うかについては、本人の精神疾患関連遺伝子に規定されるところです。そのため、同じ性格であっても患者さんによって発症しやすい精神疾患は異なります。
結局のところ、特定の精神疾患を発症させる直接的な原因となる性格はないと考えられます。しかし患者さんの性格という情報は、患者さんがどのようにストレスを認知するか、どのような対処行動を選択しやすいかを知るための重要な手掛かりです。その患者さんの経過を知るうえで性格は大事なものだと言えるでしょう。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など