抑うつ症群のDSM-5からDSM-5-TRへの変更点
抑うつ症群のDSM-5からDSM-5-TRへの変更点
DSM-5の「抑うつ障害群」は、DSM-5-TR(以下TR)では「抑うつ症群」と呼ばれるようになりました。有病率や遺伝率など全体的に情報がアップデートされた一方で、削除された情報もあります。
この記事では、抑うつ症群についてDSM-5からTRへの変更点について特に大切な情報を説明します。細かい情報は載せきれなかったため、可能であればTRを確認することをおすすめします。
抑うつ症群の概要の確認
双極症に近いものから以下があります。
重篤気分調節症
発達に合わない激しい易怒性やかんしゃくを1年間以上呈する児童の疾患
うつ病
ひどく落ち込んだ気分や好きなことへの関心の喪失といった抑うつ状態が2週間以上続くエピソード性の疾患
持続性抑うつ症
少なくとも2年間、終日落ち込んだ気分になる日がそうではない日よりも多いという疾
患
月経前不快気分障害
月経周期に合わせて気分の不安定性や易怒性などを呈する疾患
物質・医薬品誘発性抑うつ症
物質や医薬品が原因となって引き起こされたうつ病
他の医学的状態による抑うつ症
医学的疾患が原因となって引き起こされたうつ病
この中でも特にうつ病で情報がアップデートされました。
重篤気分調節症の変更点
以下について情報が追加されました。
有病率
2.5%である。患者さんの80%は男児である
危険要因と予後要因
環境要因として早期のトラウマや生活環境の乱れが追加された
遺伝要因として抑うつ症の家族歴や双生児での一致率が追記された
文化・性別に関する診断事項
症状は逆境に対する一過性の適応反応ではないことや、易怒性についての遺伝要因の男女差が追記された
反対に、症状の経過に関して双極症との相違が削除されました。DSM-5では重篤気分調節症は年齢とともに減少し、双極症は年齢とともに増加すると記載されていましたが、この情報がなくなりました。
うつ病の変更点
うつ病の変更点で特に注目したいのは、死別反応といった疾患と正常の境界にある用語や軽症エピソードです。
①診断的特徴
軽症エピソードでは抑うつ気分や興味の喪失といった精神症状よりも不眠や疲労が多く見られます。精神症状以外も注視しなければ過小診断となってしまう恐れがあります。なお精神症状以外に関しても、診断するうえで臨床的に重大な苦痛か機能の支障の有無が大切です。また、診断を行ううえで以下の情報が追記されました。
自殺企図
1回だけで診断基準を満たすようになった
精神運動性の変化
精神運動性興奮、あるいは制止を示す場合
症状の情報収集
患者さんは症状を軽視したり否定したりすることがあるため、本人以外の情報提供者による情報が最悪な状態を知るのに有用である
②有病率
女性は男性より有病率が2倍高いです。また、女性の患者さんには過眠や過食といった非定型症状が多いです。
③危険要因と予後要因
環境要因として、女性における性的虐待体験や対人関係のトラウマ、低所得や教育などの差別などが追記されました。
④自殺念慮または自殺行動との関連
年齢とともに自殺企図リスクは減少しますが、自殺で死亡するリスクは減少しません。自殺による死亡のリスクとして、死ぬには至らない自殺企図やおどしがありますが、実際の自殺による死亡に自殺企図はほとんど関係しないとも報告があります。また自殺企図は女性に多いけれども、自殺の既遂につながるのは男性のほうが多いです。とはいえ、抑うつ症の自殺率にはあまり性差はありません。
自殺のリスクとして孤立や人生早期の不幸、睡眠障害、認知・判断障害、著しい絶望感などが追加されました。
⑤鑑別診断
死別と遅延性悲嘆症との鑑別が新しく追記されました。遅延性悲嘆症とは、親しい人の死後に生じて12ヶ月以上持続する悲嘆反応であり、ICD-11から導入された疾患概念です。両者の違いとなる鑑別ポイントは以下の通りです。
うつ病
特定の考えにとらわれず、抑うつ気分が持続する
死別の悲嘆不快気分や遅延性悲嘆症
どちらにも故人の思い出に関連した症状や、故人に関連した強い囚われが見られる
死別の悲嘆不快気分では症状に波はあるものの、数日~数週間ほどで落ち着く
遅延性悲嘆症では12ヶ月以上苦痛や障害が持続する
持続性抑うつ症の変更点
TRの疾患名では「気分変調症」を併記しません。
持続性抑うつ症については、女性で男性より有病率が1.5~2.0倍ほど高いこと、所得に関係なく自殺の転帰や機能障害のリスクが高いことが記載されました。
また、以下の特定用語は持続性抑うつ症では記載しなくなりました。
・メランコリアの特徴を伴う
・非定型の特徴を伴う
・気分に一致する精神病性の特徴を伴う
・気分に一致しない精神病性の特徴を伴う
・周産期発症
月経前不快気分障害の変更点
追加項目はありません。DSM-5では危険要因と予後要因で記載されていた遺伝率50%という情報が削除されました。
物質・医薬品誘発性抑うつ症の変更点
アルコールおよび精神刺激薬による抑うつエピソードの生涯有病率は、物質使用症を有する場合は40%と非常に高いことが追記されました。物質使用症は物質・医薬品誘発性抑うつ症のリスクと言えるでしょう。
使用された物質の影響で生じた抑うつ症状のため、断薬すると症状は早く消えます。抑うつ症状が明らかに残存している場合、物質使用症が関与していると考えられます。同様に診断マーカーが陽性を示したとしても、あくまでも最近物質を使用したという限定的な意味しか持ちません。そのため臨床経過と精神症状の評価が重要であるとTRに追記されました。
反対に以下の情報は削除されました。
・性別(男性であること)や貧困がリスクファクターであること
・抗うつ薬に関連する治療期出現自殺傾向
・併存症としてボーダーラインパーソナリティ症があること
他の医学的状態による抑うつ症の変更点
関連する特徴として、すい臓がんが新たに加わりました。
症状の発展と経過は、医学的状態によって異なります。ハンチントン病では認知障害が進むにつれて抑うつ症状は減少していきますが、脳損傷の場合は経過とともに気分症状が繰り返し現れることがあります。クッシング症候群や甲状腺機能低下症では抑うつエピソードが初期症状となるように、すい臓がんでもうつ病が先行することが多いです。
鑑別診断として、疾患と正常の境界にある「意気消沈」が取り上げられました。意気消沈でも抑うつ状態を呈しますが、以前から好んでいた活動に楽しさ・喜びを見いだす点でうつ病と異なります。
特定用語
周産期発症について、抑うつエピソードの有病率が7%弱であることや、甲状腺異常が抑うつ症に関与することが追記されました。なお、周産期発症の抑うつ症とマタニティブルーは異なります。マタニティブルーでは睡眠障害や出産直後の錯乱などが生じますが、1週間以内に改善するため治療の必要性がないことが多いです。
反対に削除項目としては、季節型の双極症との関連についての記載がなくなりました。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など