認知行動療法と代表的な知見
認知行動療法
認知行動療法について、うつ病や不安障害などの患者さんのゆがんだ考え方や解釈(認知)をバランスの良いものにするテクニックであるとイメージされている方も多いかもしれません。でも認知行動療法の元となる知見を知れば、もっと治療に活かせると思います。
この記事では、認知行動療法の元となる代表的な知見を紹介します。
認知行動療法の元となる代表的な知見
認知行動療法の元となる知見の多くは、学習心理学という心理学の一分野に由来します。ここでいう「学習」とは、経験を通して行動を身に付けていくことです。例えば、あなたが犬に「お手」と言って、犬が前足を出すことができたときにお菓子をあげるとします。そうすると、「お手」と言われただけで犬は前足を出すようになります。これは「犬が『お手』を学習した」ということになります。
以下が認知行動療法の元となる代表的な知見です。特に基本となるのは、①古典的条件づけと②オペラント条件づけ③モデリング④認知療法です。
①古典的条件づけ
ベルが鳴ったら犬がよだれを垂らす。この「パブロフの犬」を多くの方がご存じだと思います。パブロフの犬では、「ベル」を何度も鳴らすことで、「ベル」が「エサ」を意味する合図となります。このように、本来は意味のないもの(ベル)と意味があるもの(エサ)を一緒に何度も体験することで、意味のないもの(ベル)に意味が付く(エサの合図)ことが古典的条件づけです。
パブロフの犬がおそらくはベルの音が好きになったように、古典的条件づけは感情にかかわります。例えば、上司からのパワハラでうつ病になった患者さんをイメージしてください。うつ病を発症する前、その方は出社することに抵抗はなかったはずです。しかし、上司からのパワハラと会社・仕事が結びついた結果、仮に上司が他の部署に転属していたとしても、出社することを非常に怖く感じるようになると思います。これも、古典的条件づけによるものです。
うつ病患者さんの仕事復帰プロセスのひとつに、段階的に会社に行って慣れていくというものがあります。自宅最寄りの駅に行く、会社最寄りの駅に行く、会社付近に行く、少しだけ会社にいるというように段階を経て、「会社=怖くないという感情」を再学習させるのです。こういった段階を経て慣れさせていくことは、系統的脱感作と呼ばれます。感作とはアレルギーのことです。つまり、会社が怖いアレルギー状態(感作)を段階的に(系統的)治していく(脱)という治療方法ということでもあります。
②オペラント条件づけ
オペラント条件づけとは、ある行動の結果として起きることによって、その行動をするようになる、あるいはしないようになることを指します。言葉にすると小難しいですが、犬の「お手」をイメージしてください。本来、犬が自然に行う行動に「お手」はありません。でも、「お手」をするたびに飼い主がお菓子をくれる。だから、お菓子をもらうために犬は「お手」をするようになる。オペラント条件づけの言葉でいうと、行動の結果として起きることがお菓子で、するようになる行動が「お手」です。
オペラント条件づけを使えば、パニック障害の患者さんの回避行動を説明できます。電車でパニック発作を起こした患者さんをイメージしてください。何度か電車でパニック発作を起こしてしまうと電車に乗ることが怖くなり、電車に乗ることを避けるようになるでしょう。でも電車に乗らなければ、パニック発作は起こりません。「パニック発作を起こさない」という結果を求めて、「電車に乗らない」という行動を取るようになる。まさに、オペラント条件づけですね。
③モデリング
モデリングとは、見て学ぶことです。例えば、他の人が上司からパワハラを受けているのを見たら、自分もその上司を怖く思う。お姉ちゃんがお手伝いをしてご褒美をもらえていたので、それを見ていた妹も真似するようになる。このように、見ることでも学習は成立します。
モデリングを活用した認知行動療法の例は、ソーシャルスキルトレーニング(SST)です。モデルが適切な行動をしているのを観察し、患者さんがそれを真似してみる。その後、患者さんの行動の良かった点や悪かった点などをフィードバックすることで、適切な行動を取れるようになります。
④認知療法
認知療法の出発点は、ベックという臨床家です。1900年代半ばまで感情や気分の問題と考えられてきたうつ病を、彼は思考(つまり認知)の問題であると捉えなおしました。「ある状況で患者さんがどう感じたり行動したりするかは、患者さんがその状況をどのように認知するかによって決まる」と考えたのです。そして、認知を修正することで気分を変えるという認知療法を生み出しました。1970年代後半頃からうつ病に対する薬物療法と認知療法の比較研究が数多く行われ、その有効性が実証されました。
ここまでの①~③を含んだ行動療法(不適応的な行動を変えることを目的とした心理療法)と異なり、認知療法は学習心理学に由来しているわけではありません。しかし、どうしてそのような問題が生じているか仮説を立てて考えるなど、お互いに類似点が多いため認知療法と行動療法はまとめて認知行動療法とされています。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など