アスペルガー症候群について
アスペルガー症候群
相対性理論を提唱した天才アルバート・アインシュタインをはじめ、実はアスペルガー症候群だったという偉人の方は結構います。そこに、アスペルガー症候群の定義「知的発達の遅れと言語の遅れの両方を伴わない自閉症」が加わると、アスペルガー症候群に対して「変わった天才」というイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、このイメージは正しくはないです。
この記事では知能についての解説を行い、そのうえでアスペルガー症候群の知的能力についてお話します。
知能とは
実は、研究者の間でも知能について共通の定義は存在しません。大枠では「知能とは、自分がいる環境へ適応するための能力である」とされていますが、そもそも環境自体も変化するものです。例えば、コロナ前後を比べると、日常生活を送るうえでデジタルを駆使する能力の価値は大きく変わったと言えるでしょう。
精神科では診断を行うにあたり、患者さんの知的能力を確認しなければならないことがあります。知能検査にも色々ありますが、大人の患者さんの知的能力を測定する場合はWAIS-Ⅳ(ウェイス フォー)を使うことが多いです。
WAIS-Ⅳとは
WAIS-Ⅳとは、ウェクスラーによって作成された16歳以上を対象とした知能検査の第4版のことです。ウェクスラーは「知能とは、目的的に行動し、合理的に志向し効果的に環境を処理する個人の総合的・全体的な能力である」と定義しました。そして、それを測定するものとしてウェクスラー式知能検査を作成しました。WAIS-Ⅳは10個の検査項目からなります。その中には、いくつかの単語の意味を答えさせることで語彙レベルを測定する「単語」や、見本の中にターゲットとなる記号があるか探させることで見た情報を素早く処理する能力を測定する「記号探し」などが含まれます。色々な検査項目がある理由は、知能検査では知的能力のバランスを見ることが大切だからです。全ての検査項目の得点を元に総合的な知的能力(IQ)を算出することもできますが、いくつかの検査項目を組み合わせて以下の4つの面から患者さんの知的能力を測定します。
①言語理解
一般的な知識や語彙、推理力などによる言語的な能力。この能力が高いと一般的に勉強が得意で、語彙が豊富なため正確に説明することができる。ただしあくまでも辞書的な知識であり、コミュニケーションで必要になる微妙なニュアンスなどは含まれていない
②知覚推理
目に見えるものから情報を理解したり、推論したりする能力。この能力が高いと、例えば地図やグラフから必要な情報をすぐに理解することができる
③ワーキングメモリー
後で思い返す必要のある情報を、頭の中で整理して覚えておく能力。この能力が高いと、口頭で指示されたことを忘れずに後で正確に実行したり、講義で先生の話を聞きながら要約してノートにまとめたりすることができる
④処理速度
主に目で見た情報を元にして、単純な作業をすばやくこなす能力。この能力が高いと、例えばマニュアルに沿ってデータ入力する単純作業が得意
アスペルガー症候群の知的能力
アスペルガー症候群の「知的発達の遅れがない」とは、IQ70以上であることを指します。IQの平均は100です。アスペルガー症候群の方の中には偉人のようにIQが非常に高い方もいますが、IQが普通程度の方もたくさんいるのです。そのため、アスペルガー症候群に対して「変わった天才」というイメージを持つのは正しくありません。
アスペルガー症候群を含め自閉スペクトラム症の方はいわゆる普通の方と比べ、高い能力と低い能力の差が大きいという特徴があります。アスペルガー症候群の方によく見られる知的能力のバランスパターンは、言語理解とワーキングメモリーが高く、処理速度が低いというものです。アスペルガー症候群に向いている仕事として研究職がよくあげられますが、言語レベルが高く、物知りで、自分の興味のあることに専念できる研究職はまさに向いていると言えるでしょう。とはいえ、アスペルガー症候群を含めて自閉スペクトラム症と一括りに言っても、逆のタイプもいます。自閉スペクトラム症の方には知覚推理と処理速度が高く、言語理解とワーキングメモリーが低いタイプも多いです。これは、耳から聞いた情報よりも目で見た情報を使って考えることが得意な「視覚優位」と呼ばれるタイプです。発達障害の方の中にはピクチャー・メモリー(写真を撮ったかのように目で見た光景を細かに記憶できること)と呼ばれる記憶力を持つ方もいますが、まさに後者のタイプだと思われます。
知的能力から見るアスペルガー症候群を抱えた社会人の生きづらさ
アスペルガー症候群の方の生きづらさを知的能力から考えると、以下の2つがあります。
①得意・不得意の差が激しい
先ほどお話した通り、アスペルガー症候群の方は得意なことと不得意なことの差が激しいです。本人が自分の知的能力のバランスを知っていて、かつ就職先にそのことを伝えることができていれば良いのですが、そのようなことはマレだと思います。違うことはよくできるだけに、上手くできないことに対して「こんな簡単な作業がどうしてできないの?」と上司や同僚は不思議に思うでしょうし、仕事上の確認として本人に尋ねてしまうかもしれません。
②知的能力以外の能力が社会では重要になる
学業成績が学生時代では特に重視されやすいので、勉強がある程度できていれば問題なく過ごせることも多いです。しかし、社会人に出て仕事をするとなると、他者、しかもほとんど交流したことのない他者とコミュニケーションを取る必要性が出てきます。そうすると知能能力以外の能力、例えばコミュニケーション能力や一般常識などが大切になります。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など