性別違和~機能的結果と併存症、鑑別診断~
性別違和~機能的結果と併存症、鑑別診断~
性別違和を持つ患者が他の精神健康上の問題を有するかは、文化によって異なります。この違いには、性別異質性に対する態度が関与すると考えられています。そのため、医療職としては性別違和の患者が抱えてきた苦しみや悩みを理解して、患者にとって安心できる存在となりたいところです。
この記事では性別違和について、機能的結果と併存症、鑑別診断などから解説します。
機能的結果と併存症
異なるジェンダーになりたいという願望やジェンダーに非定型的な行動は、日常生活を妨げ、不安や抑うつなどの感情面の問題につながる恐れがあります。こういった問題には性別異質性に対する周囲の態度が関与するけれども、それだけではないようです。
性別異質的な行動に対して比較的受容的な文化圏においても、性別違和を持つ人たちは不安を抱えやすいことが報告されています。また、そのメカニズムについては不明ですが、一般集団と比べて医療に紹介された性別違和を持つ患者においては自閉症スペクトラム症の有病率が高い点を留意しておく必要があるでしょう。
併存症としての不安症や抑うつ障害
性別違和を持つ子どもの場合、同性の友人関係を発展させることに失敗して仲間はずれにされたり、いじめや嫌がらせを受けたりする恐れがあります。また思春期の患者では望むジェンダーの制服を着用したいという願望と、それを実現への妨げの重圧から、登校拒否に陥り、学業に支障が出ることもあるでしょう。
その結果、不安症や抑うつ障害といった感情の問題や、秩序破壊的・衝動制御の障害という行動上の問題がよく見られます。特に年齢が高くなるほどこれらの問題が見られやすくなりますが、これについても性別異質的な行動を周囲が許容してくれるかが関与していると考えられています。
周囲との環境や関わりが大きく関係することも
成人においても、偏見や差別といった周囲との問題からは逃れられません。その結果、否定的な自己概念を患者が形成し、不安症や抑うつ障害などの精神疾患も併せて発症することがあります。特に経済的な困難を有する家庭背景がある場合、失業や経済的疎外へとつながる恐れもあります。
プライベート面だけではない側面とは
性別違和の患者が苦痛を感じるのはプライベート場面や職業・学業場面だけではありません。
例えば、本来ならば誰にとっても助けとなる医療サービスや精神保健サービスの利用場面においても、性別違和の患者は苦痛を感じやすいでしょう。その原因として、性について画一的に扱われることや、性別違和の患者と接する経験をスタッフがあまり持っていないことなどが挙げられます。
鑑別診断
性別違和と鑑別すべき疾患として以下があります。
性別役割との不調和
おてんばな少女のように画一的な性役割行動をしない人や、女装する成人男性のように定型的ではない性別の表出をする人もいます。これらのケースにおいて、「指定された性別とは異なるものになりたいのに、それが認められない」という苦痛が認められないならば、性別違和の診断は下せません。
性別違和は必ずしも性同一性障害ではない
性別違和の診断を行ううえで重要なことは、指定された性と自身が表出・体験するジェンダーとの不一致による「苦痛」であるからです。性別違和は単なる性同一性の問題ではありません。
異性装障害
異性装障害とは、異性の服装を着用すること、あるいは着用していると想像することによって性的興奮を感じる一方で、そういった自分の状態に苦痛を感じるという疾患です。
異性装障害では、指定された性別について不一致を感じていない患者や、別の性別になりたいとは思っていない患者もいます。ただし、時には性別違和を伴う患者もいるため、自身のジェンダーについて患者がどのように考えているか確認することは肝要です。
特に出生時に男性と指定された晩発性性別違和の症例の多くでは、性的興奮を伴う異性装行動が先行していることが報告されています。
醜形恐怖症
出生時に男性と指定された性別違和の患者の中には、自身の性器を取り除きたいと考える人もいます。これは、性器が性の象徴となるためです。
一方、醜形恐怖症で体の一部を取り除きたいと考える理由は、それが異常な形になっていると患者が認識しているためです。醜形恐怖症の患者が自身の体の一部を取り除きたい理由には、性やジェンダーなどは関係していません。
統合失調症、他の精神病性障害
性別違和の患者が抱く「私は別のジェンダーに属している」という主張は妄想ではありません。指定された性と表出するジェンダーが別のものであることを理解しているからこそ、患者は苦痛を感じていると言えるでしょう。とはいえ、統合失調症と性別違和の両方を患者が患っていることは起こり得ます。
その他の臨床表現型
アンドロゲンの心理学的効果を取り除きたいという理由や審美的理由などから、自身の性器を取り除きたいと考える男性も存在します。しかし、上記の理由は男性としての性同一性や不一致に伴う苦痛などには問題が見られないため、性別違和の基準は満たされません。
さいごに
このように性別違和には、複雑な症状が関連しています。そして特に性同一性障害の診断はとても難しく、そのため性同一性障害に関連する学会が認定医を設置しています。
※なお当院では性同一性障害(GID)の学会認定医は在籍していないので、性同一性障害に関する診断と治療のガイドラインに基づいた診断や治療が当院できませんので、診察の対応が困難なケースとして挙げさせていただいております。どうぞご理解くださいませ。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など