アルコール依存症
アルコール依存症について
今回は「アルコール依存症」について解説していきたいと思います。
適量であれば、心を解きほぐし、ストレス解消にもなると言われるアルコール。お酒を飲むことでいつもより会話が弾んだり、楽しい気分になった経験がある方も多いのではないでしょうか?他にも、適度な飲酒には、血行を促進させたり、消化を助ける作用があると言われており、わたしたちの健康を助けてくれる側面もあります。
ですが、付き合い方を間違えると、アルコールは私たちの心や体をむしばむ、恐ろしい物質へと変わってしまいます。適度な飲酒がもたらすメリットと同じように、過度な飲酒がもたらすデメリットも多くあるのです。
ところで、適度な飲酒量とはどのくらいか知っていますか?お酒には体質によって強い・弱いがあるため、「適量なんて人によるのでは?」と思われがちですが、厚生労働省は「多量飲酒」を「1日平均60gを超える飲酒」と明確に定義しています。60gとは、お酒に含まれる純アルコール量を指し、ビールなら中ビン3本、日本酒なら3号弱、25度焼酎なら300mlに相当します。アルコール問題の多くはこの「多量飲酒」にあたる人たちが引き起こしていると言われていますので、目安として知っておくことが大切でしょう。
さて、今回おはなしするアルコール依存症は、過度な飲酒がもたらす健康被害の中でも深刻な部類の疾患です。詳しく見ていきましょう。
【アルコール依存症】概要
アルコール依存症とは、平たく言うと「飲酒衝動や摂取量のコントロールができず、お酒が原因で日常生活や人間関係に支障をきたしている状態」です。少し古い調査になりますが、日本でアルコール依存症を疑われるのは440万人、治療が必要な人は80万人いると推定されています。なお、アルコール依存症は、「アルコール使用障害」「慢性アルコール中毒」「アルコール症」などといった呼び方をされることがありますが、これらは全てアルコール依存症とほぼ同じ状態ととらえることができます。
【アルコール依存症】症状
WHOが制定する精神疾患の診断基準ICD-10では、「過去1年間に以下の症状3項目以上が同時に1か月以上続いたか、または繰り返し出現した場合」、アルコール依存症と診断されます。(※カッコ内の文章は、項目内容の補足です)
- ① 飲酒したいという強い欲望あるいは強迫感(飲酒への強い欲望、強迫感が絶え間なくある状態)
- ② 飲酒の開始、終了、あるいは飲酒量に関して行動をコントロールすることが困難(体内のアルコール量を一定にするために、数時間おきに一定量のお酒を摂取する“連続飲酒”の状態)
- ③ 禁酒あるいは厳守した時の離脱状態(手足の震え、イライラ感など)
- ④ 耐性の消滅(酩酊効果を得るために飲む量が増えていくこと)
- ⑤ 飲酒にかわる楽しみや興味を無視し、飲酒せざるをえない時間やその効果からの回復に要する時間が延長(他の楽しみでは飲酒にかわる満足感を得られず、連続飲酒につながってしまう状態)
- ⑥ 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず飲酒(飲酒がもたらす社会的、身体的な悪影響に気づきながらもやめられない状態)
日本では、アルコール依存症の患者さんのほぼ全員が②の症状を呈すと言われており、連続飲酒の症状があるかどうかは、アルコール依存症を鑑別する重要なポイントです。(連続飲酒がみられないからといって、アルコール依存症でないということではありません)
【アルコール依存症】原因
アルコール依存症の原因は多量飲酒です。精神疾患のなかでもめずらしく原因がはっきりしているものといえるでしょう。
ただし、同じ量のお酒を飲んでいても依存症になる人とそうでない人がいるところが、子の疾患のやっかいなところです。アルコール依存症には遺伝要因が50~60%関与していると言われています。非常に簡単に言ってしまえば、体質的にお酒が強い人ほど、アルコール依存症にかかりやすいということです。「逆ではないの?」と思われがちなので、お酒の分解の仕組みから見ていきましょう。
体内に入ったアルコールは、まず肝臓で「アセトアルデヒド」という毒性のある物質に分解されます。アセトアルデヒドを放っておくと、頭痛や吐き気、頻脈などの不快な症状が引き起こされるため、「ALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)」という分解酵素が登場します。この分解酵素には、よく働く活性タイプから、働きが弱い低活性タイプ、全く働かない不活性タイプがあり、どのタイプの分解酵素を持つかは遺伝によって決まると言われています。つまり、活性タイプの分解酵素を持つ「お酒に強い人」は、たくさんのお酒を飲んでもアセトアルデヒドが上手く分解され、不快な症状がでにくいため、飲む量が多くなりがちです。そして飲酒量が多くなれば、自然とアルコール依存症のリスクも上がってしまいます。反対に分解酵素が低活性~不活性タイプの「お酒に弱い人」は、アセトアルデヒドが上手く分解できないために、一定以上のお酒を飲むと不快な症状が出やすく、それが多量飲酒を防ぐ防波堤になってくれるというわけです。
【アルコール依存症】治療
アルコール依存症の治療は入院治療が一般的です。入院中と退院後のケアについてみていきましょう。
~入院中~
〇解毒治療
2週間~4週間ほどかけて、体内のアルコール物質を体外に出す解毒治療が行われます。ですが、急に体内のアルコール濃度を下げてしまうと、脳が異常に興奮し離脱症状が強くなる場合があります。そこで、離脱症状や不安・不眠などの併発症状を軽減するベンゾジアゼピン系のお薬を活用しながら離脱を促すのが一般的です。
〇リハビリ療法
ある程度離脱症状が治まり、心身ともに落ち着いてきたら、退院に向けたリハビリにはいります。この期間には、アルコールの問題に対する正しい知識を身につけるための心理教育や、断酒を維持していくためのカウンセリングや集団療法がおこなわれます。退院後に利用できる自助グループの紹介や、家族や職場への説明、調整が必要な場合もこの時期に行い、社会復帰に向けた土台を整えていきます。
~退院後~
〇薬物療法
アルコール依存症の治療(断酒維持)には、ジスルフィラムとシアナミドという2種類の薬物が使用されます。これらのお薬は、先に説明した分解酵素の働きを強制的に弱める作用があるため、本来お酒が強い人も少量の飲酒によって頭痛や吐き気といった不快な症状が引き起こされます。飲酒に不快な症状が伴うことで、断酒を維持しやすくする療法で、禁煙外来で使われる飲み薬やニコチンパッチと同様のメカニズムです。退院後の支えとして大きな効果を発揮しますが、身体への影響も大きいため、患者さんへの十分な説明と理解が不可欠です。
〇自助グループへの参加
アルコール依存症の当事者の方で結成する自助グループです。アメリカで始まったAA(アルコホリック・アノニマス)や日本で発展した断酒会があります。メンバーが集まって、自身の経験を語ったり、同じ病気の改善に取り組んでいる人の話を聞くことで、精神的な浄化作用(カタルシス)や断酒へのモチベーションの維持、内省といったさまざまな心理的効果が得られるとされており、断酒継続には非常に効果的な取り組みです。
今回は、アルコール依存症についてご紹介しました。当事者の方やご家族のお役に立てれば幸いです。
参考資料:
David M. Taylor, Thomas R.E. Barnes, Allan H Young著(2019)『モーズレイ処方ガイドライン 第13版 日本語版』ワイリー・パブリッシング・ジャパン株式会社
融道夫ら(訳監)『ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン』医学書院
樋口 進: アルコール依存: 生物学的背景. 松下正明, 加藤 敏, 神庭重信(編): 精神医学対話. 弘文堂, pp855-871, 2008.
尾崎米厚, 松下幸生, 白坂知信, 他: わが国の成人飲酒行動およびアルコール症に関する全国調査. アルコール研究と薬物依存 40: 455-470, 2005.
井上猛ら(編)(2018)『こころの治療薬ハンドブック第11版』星和書店